トリチウム水の気化・拡散を狙う政府とIAEA

 前回の続き。
 政府が「汚染水問題に関する基本方針」を決めたのは2013年9月3日のことでした。
廃炉・汚染水対策ポータルサイトによれば、汚染水問題を根本的に解決するために「今後は、東京電力任せにするのではなく、国が前面に出て、必要な対策を実行します。その際には、従来のような逐次的な事後対応ではなく、想定されるリスクを広く洗い出し、予防的かつ重層的な対策を講じ」る、とあります。

 そのためにたくさんの組織が設置されました。
 国レベルでは「廃炉・汚染水対策関係閣僚会議」。福島県と国をつなぐ組織として「廃炉・汚染水対策現地事務所」。それにTEPCO等関係者との連携調整のために、官民一体の「汚染水対策現地調整会議」を設置しています。「地元のニーズに迅速に対応する」ために「廃炉対策推進会議福島評議会」を活用するとしています。なお、これらの組織は、資源エネ庁の「汚染水処理対策委員会」(「専門家」会議とされている)とは別です。所管は経済産業省。

 実際は、汚染水処理対策委にも、原発事故や放射能汚染防護に関する「知見」を備えた専門家など一人もいません。それなのに類似組織・委員会を作ったのは、この「汚染水対策」事業に注ぎ込まれる膨大な「国費」を狙って、財界や学界が暗躍したからでしょう。なんせ学者・研究者にとっては多額の、しかもほぼ無制限の研究費が得られるし(解決の見込みがないから)、企業軍団にとっても、新たなそして永遠のビジネスチャンスが確保できるもんね。要は省庁の利権です。

 「廃炉・汚染水対策」に、これまでと同じ悪しき公共事業の図式が引き継がれているのは、日本政府(法曹界も)が放射性廃棄物に関する法令を定めるという最低限の義務さえ果たしてこなかったからです。彼らはフクイチ事故を「想定外」とみなして(法令があればそれなりの法的対処もあった)、そこに生まれた新たな利権をめぐって調整(あるいは争奪)した結果、固形ごみ(指定廃棄物など)は環境省、そして液体ごみ(汚染水)を経産省の管轄として「住み分け」ることにしたのでしょう。

 普通の判断力のある市民なら、フクイチ事故が何代にもわたる悪影響を及ぼすと直感したはずです。私も世界じゅうの専門家に呼びかけて、日本政府から独立したオープンな対策委員会を作り、事故対応すべきだと考えました。もちろん「原発全廃」を絶対条件として。
 ところが、恥ずべき政府と原子力ムラは、「推進派」で固めた組織を作り、「復興」「対策」を口実に財界の利益を確保するという卑劣な方向に走り、その過程で被害の矮小化、言論・情報統制、虚偽宣伝、恐喝訴訟などをくりかえしたのです。その一方、汚染水対策として「技術プロポーザル」によって、「凍土方式」や「ALPS(多核種除去設備)」などを次々に導入していますが、さすがに「実験的技術」。成功どころか「線量昨年比4千倍」という事態が起きている。

 さらに恐ろしいのは、この官民組織がさらに怪しい「技術」を取り入れて、環境放射能を拡大しようとしていること。経産省は2015年12月11日に「トリチウム水タスクフォースにおける検討状況について」(汚染水処理対策委員会事務局)という文書を発表しています。
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/roadmap/images/c151211_09-j.pdf
その16~17ページの説明と図を見ると、要はトリチウムを含む汚染水を高温で気化させ、大気中にばらまくという、信じられないような処理法を提案しているのです。
【水蒸気放出】 概念設計  A3-1、A3-2 : 水蒸気放出(前処理なし)
トリチウム水を、貯水タンクからサンプリング槽に移送し、槽単位で濃度を測定し、900~1000℃で直接気化させ、排ガスを設備、機器劣化防止のため空気希釈し、地上60mの高さで大気に放出する。
 ①トリチウムタンク(80万m3)はプラント直近(100m)にあるものとする。
 ②プラント設置位置の標高 O.P.+10.0m
 ③燃焼設備および付帯設備は屋外設置とする。
 ④電力は要求する電圧で十分量供給されるものとする。(変電設備等は範囲外)
 ⑤建設、運転に関しては、既存仮設焼却炉と同等の作業条件とする。
 ⑥作業環境(放射能汚染等)による制約はないものとする。


 こんな狂った検討をしているのは、お馴染みの「学者・科学者」と、IAEAの差金のせいらしく、
廃炉・汚染水対策ポータルサイト(METI/経済産業省)にはこんな説明が。

  • 福島第一原子力発電所で発生した汚染水は、多核種除去設備(ALPS)などの浄化設備によって放射性物質の除去を進めていますが、
    現在の設備では、放射性の水素(トリチウム)を除去することができません。そのため、浄化処理後の水もタンクに貯蔵していますが、長期間にわたり貯蔵を続
    けることはリスクを伴うため、トリチウムを含む水の取り扱いが課題となっています。
  • 今回(2015年2月)来日したIAEA調査団から、前回(2013年11月~12月)と同様、「海洋放出を含むあらゆる選択肢を検討すべき」との助言を頂きました。これは、特定の方法での処分を求めるものではなく、「あらゆる選択肢」についての検討を求めるものです。
  • 政府では、汚染水処理対策委員会の下にトリチウム水タスクフォースを設置し、地層注入、大気放出、海洋放出、地下埋設などの多様な選択肢について、評価・検討しているところです。
  • これと並行して、トリチウムを分離する技術の開発にも着手しており、引き続き、IAEAの助言を踏まえ、トリチウム水の取扱い方をめぐる選択肢について幅広く検討を進めてまいります。
    (平成27年2月18日)

 IAEAの助言を受けたとありますが、日本人である天野事務局長を通じて、日本政府の意向に沿った提言を出してもらったのかも。だって、地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設の五つの方式のいずれも、日本政府と企業が大好きな「薄めてばらまく」だから。あ、焼却炉も同じコンセプト。

  • 地層注入(前処理なし/希釈/分離)
  • 海洋放出(希釈/分離)
  • 水蒸気放出(前処理なし/希釈/分離)
  • 水素放出(前処理なし/分離)
  • 地下埋設(前処理なし) 

「比較検討のため便宜的に設定。実際の処分条件を意図するものではない」との条件付きですが、金の亡者らが集結している原子力ムラなので、よほど強い反対がない限り、具体化されてしまうでしょうね。ちなみに、2015年2月の「助言」は、「保管されている汚染水について、より持続可能な解決策が必要である。トリチウムを含む水について、海洋放出を含む全ての選択肢を検討すること。ステークホルダーとよく協議すること」http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/150226/150226_01_4_4_01.pdfというもの。IAEAの助言に応える形で、大手を振って海洋放出しかねない。戦争と核汚染、日本はいつまで自民党政権を許しているのかと思います。2015.12.20

この記事を書いた人

山本節子

調査報道ジャーナリスト・市民運動家。「ワクチン反対市民の会・代表」。
立命館大学英米文学科卒業。中国南京大学大学院歴史科修士課程卒業。
住民運動をベースに、法令や行政文書を読み込んで、自治体などを取材するという独自のスタイルで、土地開発や環境汚染、焼却場・処分場問題に取り込み、数々の迷惑施設事業を阻止して来た。2011年以降、福島原発汚染がれきの広域処理、再エネ、ワクチン、電磁波などもカバーしているが、昨年からはコロナ問題に全力で取り組み中。市民育成も手掛けている。著書「ごみを燃やす社会」「大量監視社会」等多数。
ブログ「WONDERFUL WORLD」https://wonderful-ww.jp/