封印された低周波音被害

 前記事でもちらりと書きましたが、公害の時代(主に1970年代)、「低周波音被害」は国会で大きな論議になるほど、広く認知されていました。たとえば、53年の第085回参議院公害対策環境保全特別委員会では、沓脱タケ子議員がこの問題を厳しく追及しています。以下、ごく一部を抜粋、編集して掲載します。原文は:http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/085/1570/08511071570001a.html
沓脱タケ子君 ・・・西名阪高速道路が通っている香芝町住民の健康被害が出ています。たとえば40歳の奥さんはここ数年の間に73キロの体重が14キロもやせ頭が痛い、吐き気がある、動悸がする、去年11月には失神し、約50日間車いすで生活をしなければならなくなった、やっと最近は歩いておられますが。別の方は寝たり起きたり。食欲がなくて、頭痛が激しく、吐き気がひどい。道路に近い薬局の奥さんは頭痛、吐き気でほとんど寝たり起きたり子供さんは鼻血がよく出る、こういう症状が起こっているんですね。私は二十人余りの方々から一人ずつ症状を聞きました。まとめると、頭痛、目まい、肩こり、圧迫感、眠れない、いらいら、動悸、吐き気、ときどき失神状態、鼻血、それから考えがまとまらないというのもあるんですね。で、近くの病院の先生に聞いたところ、こんなの見たことないが、不安性神経症のような症状が出ている。これは睡眠が十分とれないことから起こる精神圧迫によるもので、だから十分眠れるような環境が何よりも治療には必要だ、こういうふうに言っておられましてね。こういう状況が多数出ているわけです。私特に胸を打たれたのは、四歳、五歳の子供さんが家におるとしんどい、それからお父ちゃん家かわろう、こう言うて盛んに訴えると。小学校五年の子供さん、もう大きくて十歳、十一歳でしょう。それが夜こわいと言って寝ない、一人でなかなか寝ない。特に子供さんたちがかぜを引いて熱を出したり、あるいはけがをしたりしても、家で寝ている方がつらいから学校へ行きたいというんですね。何の他意もない子供さんたちがそういう形で苦情を訴えておられる。これは環境庁にお伺いしますが、この健康被害の原因は一体何だと思いますか。
説明員(山本宜正君) その地域につきましては、本年一月に係官を派遣して調査させました。その西名阪高速道路一日三万台と
いうような交通量があるそうで、それの騒音あるいは振動というようなことが原因ではないかということは推定されます
沓脱タケ子君 現地へ行くと、吐き気だとか目まいだとか失神など、従来の騒音振動公害の認識では考えられない症状が出ている。いわゆる不定愁訴によく似ているけれども、それだけでは律し切れない。この問題を研究されておられる汐見先生は、東大の先生方の御協力なども得ながら検討し、どうも超低周波による公害だとおっしゃられ、論文等も報告されておられます。西名阪の道路交通による被害ということは認めておられるんですね。
説明員(山本宜正君) 被害と言えるかどうか存じませんが、大変迷惑をこうむっておられる、症状のある方が道路に近いというようなことなどから考えて、道路交通が大きい振動あるいは低周波振動というようなことでの影響を及ぼしているのではないかということは言えると思います。

 このように、環境省は「低周波音被害」の存在をはっきり認め、しかも可聴音を意味する「音」ではなく、より実態を表す「低周波振動」と呼んでいました。これはおそらく、「振動規制法」で被害を食い止めようと考えていたからのようです。すでにそのための準備も始めていました。
説明員(山本宜正君) 現在振動規制法というのがあるわけです、振動の問題については研究がまだ進められてない段階です。文献的にも非常に少ないようです。環境庁としては内部の研究費等を使いまして、現在までも昭和五十一年から五十二年にかけ代表的な問題地区十地区においての実態把握もいたしております。内外の低周波振動あるいは騒音に関係する文献の収集もしております。また低周波振動の場合には耳では聞こえないけれども体に感じる、また家屋が振動するということでその振動の音が聞こえるというようなことがあるわけですが、こういった家屋いわゆる建物への影響、どのくらいの音圧レベルから影響があるか、そのがたつきの状況、こういったものについての実験的な研究もしてまいりたい

 実は当時、各地でいっせいに低周波音振動の被害が問題化しており、急いで規制法を作るべき条件はそろっていたわけです。

説明員(佐藤秀一君)・・・最近特にこういう問題がクローズアップされてまいったわけでございまして、環境庁におきましても特に低周波の振動と健康被害の問題につきましては五十二年から委員会をつくっていろいろ調査研究していると伺っておりますが・・・ 

 その背景には全国で急激に進んだ高速道路網の整備とモータリーゼイションがあり、事業者の方でも低周波音振動と被害の存在は認めていました。

参考人(持田三郎君) 香芝町の低周波空気振動による被害でございますが、昭和五十二年の十二月に香芝町の地区総代の方から、振動による建具の振動とかあるいは心身に非常に異常を来しているというような住民の声があると、公団の方に申し入れがございました。そこで公団としていろいろ対策を練りましたが、やはり原因がはっきりつかめないということで奈良県御当局並びに環境庁の協力を得て、空気振動の測定を行った結果、低周波空気振動であるということが判明いたしたわけでございまして、その発生の機構の究明に努めて、発生源対策にまず力をいたそうと今日に至っております。

 しかし、この件で「加害者」とされた道路公団は、低周波振動と身体被害との因果関係は認めず、「基準がない」ことを理由に逃げ隠れするばかり。実際は、低周波振動には自動車メーカーやゼネコンなど、日本株式会社の「核企業」が多くかかわっており、道路公団の答弁は、おそらくそういう利害関係者を代弁したものだったでしょう。

沓脱タケ子君 道路公団基準がないから被害者に対処しないと言っているんですよ。騒音は要請基準超えてないから被害に対する手は打てない、こう言うているんですよ。被害が出ているのに、基準ができていない。環境庁は基準ができるまで被害者をほっときますか。道路公団、みんな環境庁の責任にしてますで。この西名阪の供用開始は四十三年ですそれを拡幅して四十七年十二月から四車線の供用を開始した。その後四十九年の十二月ごろから沿道住民、特に香芝町から町当局に被害の訴えが出てきた。それからまる四年経過しているのに、いまだに未解決なんです。住民が毎日毎日苦労しておる。苦しめられておる。一方、道路公団の態度きわめて無責任で、香芝町議会の議長西名阪公害問題特別委員会委員長に対して、こんなことを言うとるんですよ。「道路に起因する低周波空気振動と健康被害との因果関係の究明につきましては、高度の医学的専門知識が必要とされるもので、道路以外の他の発生源も含めて総合的に判定できる公的機関(環境庁)で解明されるのが適当であると考えております」「医療補償等につきましては、道路に起因する低周波空気振動と健康被害との因果関係が究明された段階で検討いたしたいと考えております
 それから、片方の特別委員長あてでは、「公団において体験調査を実施する考えはありません」、補償交渉の窓口については「因果関係が究明された段階で検討いたしたいと考えておりますが、それまでの間における補償交渉等の窓口が何処であるかについては、当公団では回答いたしかねます」と、苦情の窓口もつくりません、こういう態度ですわ。原因の究明は環境庁、被害者に対して苦情の窓口も当公団は「回答いたしかねます」と、こんな不誠意きわまりない加害者おりますか。何という無責任な態度です。原因者だということは環境庁お認めなんですよ。原因者として当然住民に対する被害、この被害をかけている住民の皆さん方に謝罪をして、緊急対策を立てるべきです。どうなんです。・・・耳に聞こえへん公害が問題になっているのに、騒音の基準というようなあほな話ね。もうこんなんですがな。時代錯誤もはなはだしいと思うので、その点どうですか。

 この時代錯誤が、40年後の今(2016年)も続いているわけです。なぜなら、結局、事業者の無責任ぶりを追及できず、環境省は企業に押し切られて規制法つくりをあきらめたから。そのウラではおそらく一部の科学者を抱きこんで「低周波音は人体に影響しない」とのウソを押し広めてしまったはずです。この場合、その説に反対するまともな学者は排除され、事実は封印されるため、市民はやがて「低周波振動」の問題などすっかり忘れ、自分の体調不良を「遺伝」のせいにするように洗脳されてしまうものなのです。そして、社会は情報通信・新技術バンザイの時代に入り、人間は四六時中、低周波音、Wifi、電磁波、放射能、化学物質にさらされているわけ。これらの公害源に対し、政府はいまだに規制値を決めていません(「環境基準」は単なる目標値で、罰則を伴う規制値ではない)。風力被害に関しては、振動規制法を改正し、「低周波振動」を明記させることから始めるべきでした。誰かそれにトライした人、いたのかなあ? 2016.12.4

この記事を書いた人

山本節子

調査報道ジャーナリスト・市民運動家。「ワクチン反対市民の会・代表」。
立命館大学英米文学科卒業。中国南京大学大学院歴史科修士課程卒業。
住民運動をベースに、法令や行政文書を読み込んで、自治体などを取材するという独自のスタイルで、土地開発や環境汚染、焼却場・処分場問題に取り込み、数々の迷惑施設事業を阻止して来た。2011年以降、福島原発汚染がれきの広域処理、再エネ、ワクチン、電磁波などもカバーしているが、昨年からはコロナ問題に全力で取り組み中。市民育成も手掛けている。著書「ごみを燃やす社会」「大量監視社会」等多数。
ブログ「WONDERFUL WORLD」https://wonderful-ww.jp/