「自虐史観」?―「日本は戦争加害国」発言

 先月、歌手加藤登紀子さんのある発言が「物議をかもしている」と報道されました。「日本は敗戦国だけど戦争を始めた加害国でもあるという認識は若い人たちにも持っていてもらいたい」・・・この発言が「自虐史観」として叩かれているのです。

・・・どこが「自虐史観」? たしかに、多くの日本人は戦争による空腹、疎開、生活苦、そして都市大空襲や原爆投下の悲惨さなどをあげ、日本は戦争被害国だったと思っているでしょう。しかし、日本がアジア全域を巻き込んだ戦争を引き起こしたことは歴史的事実です。また、朝鮮、中国を初め、南アジアを侵略して植民地とし、その国の人々に植民地政策、同化政策を強いてきたことも事実です。その中で、捕虜虐待・刺殺、強制労働、強制連行、慰安婦の徴発、都市の無差別爆撃、市民の大虐殺、略奪、毒ガス攻撃、人体実験など、多くのおぞましい戦争犯罪が行われました。

 しかし、これらの情報は「内地」の日本人には届きませんでした。戦時中の厳しい報道管制によって、人々が見聞きできるのは「大本営発表」と、それをベースにした新聞・ラジオのプロパガンダ報道(つまり、ウソ)」だけでした。敗戦後の政府は、公然と、そしてくり返し戦時中の「皇軍」の犯罪行為を否定し、学者や政治家の一部も、政府と同じ見解を打ちだしているため、一般市民は当時も今も、戦地や植民地で本当に何が起きていたかを知るのが難しい状況にあります。

 しかし、日本政府や右翼の一部はなぜ日本の戦争犯罪を認めたがらないのか? という疑問を持つ人もいるでしょう。その最大の理由は、戦後の日本社会を形成したのは、まさにその戦争を引き起こした張本人だったからです。つまり、日本政府は当時から今に至るまで、「戦犯政権」の影を引きずっているのですが、その戦犯政権にとって何よりも重要なことは、自らの戦争責任を回避するために、戦争そのものを正当化することです。そうしないと彼らが享受している権力や財力-つまり「現況」を保てなくなるからです。だからこそ、彼らは日本の戦争犯罪を認めず、むしろ歴史を書き換えて子どもたちに「皇軍の神話」「聖戦」を刷り込み続けているのです。

 「戦争の最初の犠牲者は真実」だと言われますが、これは第二次大戦にも当てはまりました。本来なら、戦地、植民地などに駐留し、居住していた日本人が戦争の実態を国内に伝えられたはずです。敗戦直後、海外の日本占領地や植民地には約660万人にのぼる日本人がいました。軍人軍属以外は進んで渡航した人がほとんどでしょう。1947年までに、そのうち約629万人が日本に引き揚げています(Wikipedia)。しかし、彼らは戦争の実態について、ほぼ完全な沈黙を守りました。なぜなら敗戦で日本に引き揚げた彼らが直面したのは、1945年、当時の占領軍(連合国軍ー米軍)が発した「公職追放令」だったからです。これは戦争を主導したり、国粋主義を煽った人々ー軍人や官僚、教職など公職にある人だけでなく、一般市民も対象にした大規模制裁であり、最終的には約21万人がリストアップされました。戦争を機に海外に渡航した人々が、そのリストに追加されても不思議ではなく、彼らは追放の恐怖に怯えて、口をつぐんだはずです。

 しかし、「公職追放令」はわずか数年で廃止されました。その理由は1945年に蒋介石政権が中国の一部である台湾に逃げ、その結果、1949年、大陸に中華人民共和国が成立したこと。それによって、「冷戦」構造が決定的となり、日本は米軍の指示で、中国と戦う役割が与えられたからです(これが今でも生きている)。このような背景で、戦後政権は、1952年の平和条約発効と共に巣鴨拘置所に留置されていた戦犯を大量釈放し、社会復帰させたのです。「人道に反する罪」に問われていたA級戦犯28名も、死刑に処せられた7名を除く全員が釈放されました。その一人、岸信介は総理にまで登りつめ、戦犯政権を確固たるものにしました(その孫の安部元首相は、露骨に歴史の書き換えを推進したが、皮肉にも「暗殺」された)。

 追放解除によって、社会復帰したり郷里に戻ったりした人々も、戦時中の犯罪行為について、固く口を閉ざしました(もっと後になって中国に抑留されていた軍関係者が「事実」を語り始めた)。皇軍はすでに、撤退に伴って、戦争犯罪事件の記録を燃やし、目撃証人となる人々を全員殺すなど証拠隠滅を徹底していました(731部隊など)。これは皇軍がはっきり戦争犯罪を認識していたこと、そのため、戦後の戦争責任や戦争犯罪が追及されないように準備していたことを示しています。しかしこれらの隠ぺい行為は、すべて「新生日本」の新たな骨組みともなりました。当時の人々は、GHQの「民主化・非軍事化」や「新憲法」の成立により、日本は完全に生まれ変わったと感じたかもしれませんが、それは、はかない幻想でした。なぜなら、戦犯政権はただちに、宗主国であり、占領国でもあったアメリカと共に、戦後民主化運動の大弾圧に走り始めたのです(逆コースといいます)。

 戦争犯罪に関する情報の隠ぺいと、戦争を美化するプロパガンダ作戦も、その逆コース戦略の一つでした。教科書の記述を「侵略」から「進出」に改め、「軍国主義」が公然と復活し、第二次大戦は「自衛の戦争」「アジアの解放のため」などと宣伝され、南京大虐殺は「なかった」「通常の戦闘行為だった」などとしたのです。これら史実にもとづかない主張に飛びついたのが、戦争を擁護し、戦争に期待する人々であり、彼らはことあるごとに戦争を美化し、正当化しています。それだけでなく、政権はさらに、捕虜虐待・死刑、強制労働、強制拉致、大量虐殺、人体実験など、皇軍の戦争犯罪を、人々の記憶から消し去ろうとしています。なぜなら、戦争を経験した人々が老齢化でいなくなる中、若者は自国の戦争の歴史や加害行為の史実など教えられず、逆に、上の加藤氏のように「事実」を語る人を貶める中で、「虚偽の歴史」が広められているからです。

 誰も言わない、誰も知らない・・・となると、事実を隠すのはたやすい…それが今も続いています。

 加害の事実を認めない政府が戦争責任を果たすことなどありません。ましてや、歴史を闇に葬り去り、書き換えようとする政府は、過去から学ぶどころか、また同じ過ちを犯すはずです。この先もーよほど広範な市民が事実を知って目覚めない限りー歴史の否定と、新たな戦争が続くでしょう。2025.9.9

この記事を書いた人

山本節子

調査報道ジャーナリスト・市民運動家。「ワクチン反対市民の会・代表」。
立命館大学英米文学科卒業。中国南京大学大学院歴史科修士課程卒業。
住民運動をベースに、法令や行政文書を読み込んで、自治体などを取材するという独自のスタイルで、土地開発や環境汚染、焼却場・処分場問題に取り込み、数々の迷惑施設事業を阻止して来た。2011年以降、福島原発汚染がれきの広域処理、再エネ、ワクチン、電磁波などもカバーしているが、昨年からはコロナ問題に全力で取り組み中。市民育成も手掛けている。著書「ごみを燃やす社会」「大量監視社会」等多数。
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